このプロジェクトを実行するにあたり、コンサルタントは一切雇いませんでした。ステークホルダーに対して本の価値を説明するための立派なプレゼンも、ブランド認知度への影響を数字で検証することもしていません。
競合他社はもちろん、SaaS 業界で児童書の出版など前例のないことでした。
しかし、私たちは以下のようなシンプルな仮説を立てました。
- 親がカンファレンスに参加する
- 子どもへ何かお土産を持ち帰りたい
- お土産を持ち帰ると、子どもが喜ぶ
- 親はその喜びが Ahrefs のおかげだと記憶する
- ???
- そして…利益につながる
この仮説を支持する過去のデータはありませんでしたが、直感を信じて行動し、その直感が当たったのです。本は大ヒットし、多くの人に手に取っていただきました。
▼アメリカで行われた世界最大規模のカンファレンス「brightonSEO」でこの本が大ヒット!現地で本を持ち帰り、後日「同僚のためにあと数冊欲しい」と言ってこられた方も。
SNS でも、Ahrefs に対する称賛の声が寄せられました。 SEO に対する早期教育の先駆けとなるかも…?
マーケティングの世界では、データモデルを見る限り児童書をつくることなど推奨されていませんが、とにかく今回は自分たちを信じて挑戦してみました。優れたマーケティングには、数字が「正しい」とはじき出すこと以上の大胆な何かが必要だと考えたからです。
マーケティングの基本的な目標は、目立つ存在になり競合他社との差別化を図ることです。しかし、現在のマーケティング業界を見ると、まるで真似をし合うことが仕事かのように思えてきます。
企業のロゴはどれも似たりよったりだと思いませんか?
ブランドのウェブサイトもしかり。
ウェンディーズは、SNS でトラッシュトーク(挑発的な発言)を活用した最初のブランドでしたが、今ではあらゆるブランドが尖った発言でオリジナリティを出そうと躍起になっています。
何かがうまくいくと、ブランドはこぞってそれを真似しますが、そうすることでブランド同士の見分けがつかなくなり、他と差別化できる独自性を失ってしまいます。
雑然とした市場の一部になってしまうのです。
現在のマーケティングチャネルのほとんど(TikTok、Instagram、Google、YouTube、X)はすべてアルゴリズムに基づいているので、これが完全に私たちの責任だとは言い切れないかもしれません。
こういったプラットフォームから提供されるデータの恩恵を受けていつつも、実際にはその仕組みによって、クリックやいいね、シェアを狙った安全で模倣しやすいコンテンツを作らざるを得ない状況に追い込まれていることも事実です。
誰もが同じアルゴリズムで勝とうとしているため、最終的に同じ物を作る羽目に陥るのです。
たとえば…
- K‑POP のプロモーション戦略はどれも同じ:縦型動画フォーマットに合わせた振り付けでダンスチャレンジをつくり、TikTok でバズらせるというパターンです。
- ネットのレシピ記事はどれもトルストイの小説くらい長い:トルストイは、超複雑な長編小説で知られるロシアの作家。Google で何かが 1 位になると誰もがそれを真似するため、現代のレシピ記事は似たり寄ったりです。タイトルも小見出しも内容も同じ。今では、10 分でできるアーリオ・オーリオを作るためにパスタの歴史まで学ばなければならないのです。
- YouTube では、釣りタイトル、MrBeast(アメリカの人気 YouTuber)スタイルのサムネイル、クイックカットが主流で、どのクリエーターも遅れを取るまいとそれを真似しています。
これがアルゴリズムによるマーケティングの締め付けです。アルゴリズムにより、クリエイティビティが平板化し、右へ倣えが蔓延しているのです。
広告業界の重役、ジョン・ワナメイカー氏はかつて、「広告に費やすお金の半分は無駄だ。問題はどの半分が無駄なのかわからないこと」と語りました。ご存命であれば、彼はマーケティングを完全に変えたデータ革命に大喜びしたことでしょう。
その変革により、初めてマーケターは推測ではなく、確信をもって行動できるようになりました。
キーワードの検索回数、Facebook 広告のクリック数、メールの開封率などを正確に把握できるようになったのです。もはやマーケティングは、暗闇でダーツを投げるような手探りの作業ではなくなりました。
すべてのキャンペーンは細かい部分まで調整できるようになり、無駄を削減し収益を最大化することが可能になりました。
ただし、最適化には欠点もあります。
最適化では、新しいことよりも、実績があるものに着目します。大胆かつ創造的ながらリスクのある選択よりも、安全で徐々に改善が見込まれる調整が優先されるのです。
その結果、マーケターは新しい挑戦を避け、安全策に走りがちになります。目指すべきはまったく新しい道なのに、同じようなつまらない丘を上り続けているだけになってしまうのです。
おまけに、誰もが信頼しているデータは、考えているほど確実なものではない可能性があります。
メールの開封率は、トラッキングピクセルがブロックされているため不正確なことがよくありますし、パフォーマンスマーケティングに関しては、AirBnB が広告費を 5 億 4,200 万ドル削減したにもかかわらず、売り上げにまったく影響がなかった話は有名です。さらに、インターネットトラフィックの最大 50% がボットかもしれないという事実もあります。
皆が夢中になっているデータ革命は、実は単なる無駄遣いかもしれないのです。
それが、創造性を犠牲にしてまで私たちが追い求めてきたものだったのでしょうか?
昨年、Ahrefs はリンクを販売しました。リンクを購入することは Google の利用規約に反するため、一般的には避けるべき行為だとされています。
…いえいえ、冗談です。もちろんそんなことはしていません。エイプリルフールのいたずらでした。ただ「リンク」と書いてあるかわいい画像を作って、NFT として販売しただけです。
…はい、これも冗談です。NFT も発行していません。右クリックして好きなだけ保存してください。大切なのは、コミュニティのみんながこのちょっとしたジョークを楽しんでくれたことです。
また、数年前に上述のカンファレンス「brightonSEO」をスポンサーした際には、参加者向けにキーワード指標をプリントしたコーヒーカップを作りました。
それに、Ahrefs のホームページのデザインは同業他社のものとは大きく異なります。独自のタイポグラフィまで作ったのですから。
このアイデアがうまくいくという確信があったわけではありませんでした。「賭け」と言われても当然です。失敗すれば資金も努力も無駄になっていただけでなく、最悪の場合、業界の笑いものになって、うっかり自分たちの評判を落とすことになっていたかもしれません。それでも直感を信じて、結果を受け入れる覚悟で試してみたのです。
そのおかげでうまくいったのだと思います。リスクを負うことを選んだことで、外部の人々には「退屈だ」と思われている業界にインパクトを与えることができました。
マーケティングとは、全てのブランドが同じ方式をコピーし、同じアルゴリズムで最適化し、際限なく小さな改良を繰り返す底辺の競争であるべきではありません。CTA ボタンの色はブルーが一番効果的だからという理由で、他社よりもちょっと異なるブルーに設定したりするだけでは限界があります。
重要なのは「他社がやらないことをやる」姿勢です。
Ahrefs では最近、マーケティングチームのオフサイトミーティングを開催し、そこで CMO のティム・ソウロは「マーケティングチームが失敗しても気にしない」と改めて述べました。
実際、失敗を受け入れることこそが、そもそも私たちがこうした賭けに進んで挑戦する理由の 1 つなのです。Ahrefs の企業理念は、「まず行動する。そして正しく行う。その後、より良くしていく」ことです。
では、大胆に行動し、積極的にリスクを負う文化はどのように構築すればよいのでしょうか?
私のおすすめはこうです。
- 短期的な指標よりも長期的なブランディングを優先する:私はかつて Threads でバズったことがありますが、得たフォロワーは 0 でした。アルゴリズムを騙して何百万ものインプレッションを獲得できたとしても、信頼を得て商品を購入されるような成功したブランドを構築したことにはなりません。強いブランドは、競合他社と差別化できる大胆なメッセージを時間をかけて発信し続けることで生まれるのです。
- データに振り回されず、指針として利用する:データはサポート役であるべきで、マーケティング戦略を端々まで支配するものであってはいけません。数字が示す情報を自分自身のクリエイティブな直感と組み合わせましょう。最も効果的なマーケティングは直感から生まれることもあるものです。
- 実験に投資する:すぐには ROI を見込めないであろう実験にマーケティング予算の一部を確保します。80/20 ルールを利用しましょう。マーケティングの 80% を安全で実績のある方法で行い、残りの 20% をリスクの高い取り組みに向けるのです。
- 業界の外からインスピレーションを得る:競合他社を模倣していては、製品の特長やキャンペーンが同じに見えてしまう画一的な状況に陥るだけです。雑然とした業界環境にあっても、その思考に囚われないことです。自分の業界外からインスピレーションを得ましょう。たとえば、Amazon が航空会社のロイヤルティプログラムからヒントを得て Amazon プライムを生み出したのは有名な話です。
最終的に重要なのは、失敗をプロセスの一部として受け入れることです。多くのマーケティング部門にとってリスクはタブーかもしれませんが、「すべてのアイデアが成功するわけではない」ことを受け入れる姿勢が必要です。
「失敗」しても、そこから何かを学べば、将来もっと優れたアイデアが得られるかもしれません。
ということで、最適化しすぎず、リスクを負いましょう。ターゲット顧客にとって忘れがたいものを作りましょう。最高のマーケティングは安全な道をゆく事ではありません。大胆に行動することなのです。